ビジネスとアカデミアの違い – システム秩序の断絶

ビジネス論

概説

私は外資コンサル企業に勤めております。SaaS導入によるBPRの経験を経て、現在は運用部のPMOとして、案件推進や部内横断課題の解決推進を行なっております。ビジネスの最前線で奮闘しています。

また、修士(工学)を保有しています。専攻は情報工学です。AIを含め機械学習の生体計測応用を研究しておりました。自著論文の総被引用数は約90件。国際学会発表3件。国内学会発表5件(受賞1件)。アカデミアに心を燃やした時期がありました。(未だに未練があります。)

ビジネスとアカデミア、両方にどっぷり使った経験から、それらの違いが少し見えてきたので記すことにします。両者の狭間で心揺らいでいる方への助けになれば幸いです。

システム秩序の断絶

最大の相違点は自身が身を置く系(システム)の秩序です。インプットに対するアウトプットがいかに非規則であり予測困難であるか、またいかにそのシステムが自己増強を繰り返して拡大していくかに断絶があります。

アカデミアにおいて、解析対象は根本的には自然です。理路整然と秩序立った物理法則に支配されています。そのシステムに問いを投げかけると、正しく制約を受け、正しく論理の処理を受けた回答が返ってきます。私たちはそのIn/Outから、連綿に折り重ねられ、既に完成されているが、入念に隠されている黄金の秩序1つ1つを解明していくリバースエンジニアリングの使命が与えられています。

ビジネスにおいて、最終ゴールは基本的には人(が持つお金)を動かすことです。いかに論理を組み立てたところで決済者が首を縦に振らないと意味がありません。ところで人の行動原理はカオスです。いかに人の意思決定が非合理であり、感情に支配され、カオスであるかは行動経済学において暴かれつつあります。合理的経済人であるエコンはビジネス界隈にはいらっしゃらないようです。また、ビジネスは基本的に自己増強を繰り返します。マルクスによると、資本主義とは無限に増殖する価値運動であるそうです。それによりシステムは絶えず拡大を目指します。

以下、その相違点により生じる現場的な差異について主だったものを記載していきます。

有効な方法論の違い

上記の違いから、アカデミアとビジネスで有効となる方法論には、共通項も多くある一方で差異もあります。アカデミアは論理を正しく分析(analysis)・総合(synthesis)していくことが必要です。一方でビジネスはやはり広い意味でのコミュニケーション能力が重要になってきます。論理思考ができることも重要ではありますが、厳密に論理を語ると誰も聞いてくれませんし、そんな時間はありません。個人的にビジネスにおいては心地良いとされる論理の飛躍幅が存在すると思っています。帰納と演繹の代わりにスキップで命題を渡っていきましょう。

協業する人的規模の違い

アカデミアは研究の単位では基本的に個人経営的だと思っています。個々人が(少人数のチームの場合もありますが)自身の研究について一貫してイニシアチブを取っていく必要があります。誰かが立証した既知の命題を基に、未知の命題の立証を目指すという科学の性質上、マクロで見ると協業となりますが、基本的には論文を媒介とする関係性のため、実質的には十分に疎結合であると言えます。一方、ビジネスは完全に分業されています。社内外の非常に多くの人々が関わり合いながら協業しています。自身の責任分界点が職掌として定義されており、その境界において様々なI/Fを機能させる必要があります。これはビジネスがその本質上、常に拡大を目指すことに由来しています。

システムから受ける負荷の違い

アカデミアとビジネスのどちらも思考疲れするのは当たり前です。論理のメッシュは異なれど両者ともに常に考え続けることが求められます。一方、もちろん差異もあります。アカデミアは産みの苦しみがあります。個人的にアカデミアの第一線で活躍する研究者はアーティストだと思っています。研究で最重要とされる新規性ってそういうことです。ビジネスはとにかく人間疲れします。論理はスキップで良いですが、逆に人間関係は綱渡りです。適切な人に対して、適切なタイミングで、適切なやり方でコミュニケーションを取り続ける必要があります。

総括

以上の通り、ビジネスとアカデミアは根本の原理が異なり、それにより現場的な力学にも差異があると思っています。それを念頭に置いて今後のキャリアや、日々の身の振り方を考えることが重要だと思います。

以上です。

参考文献

  1. ダニエル・カーネマン(著), 村井彰子(訳), ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? [上], 早川書房, 2014
  2. カール・マルクス(著), フリードリヒ・エンゲルス(編), 向坂逸郎(訳), 資本論(一), 岩波文庫, 1969
  3. アンリ・ポアンカレ(著), 伊藤邦武(訳), 科学と仮説, 岩波文庫, 2021
管理者

外資コンサル社員。SaaS導入を経て現在PMO。
修士(工学)保有。情報工学にてAIの生体計測応用を研究。
アカデミアに憧れ(未練)あり。自著論文の被引用数は約90件。
日々の空白に学びを記します。

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