「因果関係に基づき思考する」を理解する

思考法

概説

私たちが何らかの結果を期待して行動する際、多くの場合は無意識的に因果関係に基づき原因から結果を逆算しています。どのように行動すれば期待する結果が得られるのかを認識する必要があるためです。ビジネスにおいても、何らかの施策を取る場合は得たい結果が先にあるはずです。現代人にとって「因果関係に基づき思考する」は必須の推論法であると言えます。

因果関係に基づく推論の精度が高いほど、最小限の行動で最大限の結果が得られるはずです。そのためには無意識的に行なっている思考の実態を理解する必要があります。思考の自己改善・自己制御のためには思考自体を理解し、メタ認知することが有効であるとされています。

ところで、機械学習の分野において「統計的因果推論」という学問が発展を遂げつつあります。人間が行なっている因果推論を数学的に記述する学問です。つまり人間の思考の言語化を試みています。学術的な詳細は専門書に任せますが、ここでは研究からの知見を逆輸入し、普段行っている思考をメタ認知することで、思考精度の向上を目指しましょう

「因果関係に基づき思考する」とは何か

因果関係を理解する

「因果関係に基づき思考する」の大前提となる因果関係とは何でしょうか。その答えは簡単ではなく、哲学を含め様々な領域において研究され続けている概念です。統計的因果推論の分野では因果関係の本質である原因と結果について、一般的に下記と整理します。

  • 事象Aを作為的に発生させた場合(介入と呼ばれる)と、事象Aが発生しなかったと仮定した条件下(反事実と呼ばれる)において事象Bの発生確率に差分が現れる時、事象Aは原因であり、事象Bは結果である。

ところで、期待する結果を得るためになぜ因果関係が必要になるのでしょうか。現実を映したデータを分析して関係性を調べると解決するのではないかと疑問が浮かびます。しかしながら、データが与えてくれるのは本質的に静的な関係性のみです。観察したデータの背景にある条件が変わった場合、各事象の確率がどのように変わるのかは実際には語ってくれません。詳しい説明は省きますが、相関関係はその代表例です。事象間に相関があるからと言って、必ずしも一方の事象を起こすことによって常にもう一方の事象を起こすことができるとは言えません。事象の順序性や双方の事象に影響を与える隠れた要因(交絡因子)の状態等、観察したデータとは何らかの条件が異なっている可能性があるためです。

条件が更新された世界において各事象の確率がどのように変わるのか。これを与えるのが因果関係です。因果関係とは、原因となる事象が起きた場合に、起きなかった場合と比較してどのように結果の確率が変わるのかを示す関係性であるため、本質的に動的であり、因果を構成する要素が操作されたことを仮定した時の予測を可能にする性質があります。ただし、正確な予測には前提となる因果関係が正しく現実を映したものである必要があります。

データの分析のみによる予測が的中する可能性はあります。それは予測に影響を与える条件がデータを観測した際の条件と一致もしくは類似する場合です。しかしながら、それを理解し、再現性を獲得するためにはやはり因果関係が必要になります。何故ならば予測に影響を与える条件、条件を更新した際の振る舞いそれ自体が因果関係であるためです。

因果推論を理解する

因果推論とは、解くべき因果的な問いに対して、因果関係のモデルを構築し、そのモデルを基に原因から結果もしくは結果から原因を推定する思考法です。因果関係のモデルは事象間の因果プロセスを正しく映したものである必要があります。統計的因果推論では、因果ダイアグラムというグラフで表現しますが、人間が因果推論を行う場合は無意識的に因果モデルを頭の中で想定して思考を行ないます。

下記に因果推論のプロセスを分解して記載します。これは統計的因果推論において因果推論エンジンとして規定されるプロセスですが、今回の目的である人間の思考を解析してメタ的に理解する観点に照らして再解釈し、単純化したものです。

  1. 解くべき問いを認識する。
    • 因果推論にてどのような問いを解決しようとしているのかを正しく認識する。問いが本質的に因果を問うものではない場合は異なる推論を用いる必要がある。「事象AとBは現状どのような状態か」など、環境への介入を前提としない純粋に静的な情報を問う場合はデータを参照するのみで解決される。
  2. 因果モデルを形成する。
    • 自身が保有する知識から問いに対する仮定を置き、因果モデルを形成する。
    • 因果モデルの構築は介入と反事実の想定を通した因果関係に関する理解の集積に基づいて行われる。つまり、実際に事象を起こしてその結果を観察し、仮にその事象を起こさなかった場合の結果を内省し、対象の因果関係への理解を深めた過去が重要となる。従って、因果モデル、及びそれに基づく因果推論の精度は対象の因果プロセスに関する経験と反省、それにより形成される理解に依存する。
  3. 問いが解決可能かどうかを判断する。
    • 構築した因果モデルで解くべき問いが解決可能かどうかを判断する。仮に参照可能なデータが十分なものであったとしても、因果的な問いに答えられない場合は存在する。対象の因果関係を十分に理解していない場合や、因果モデルにおいて計測不可能な要素が存在する場合などが該当する。そのような場合は、特定の要素は無視できるものと見なし仮定の単純化を施すなどモデルを再検討するか、問い自体を棄却することになる。
  4. 問いを解決するためのロジックを構築する。
    • 構築した因果モデルに従って、問いの解決に向けたロジックを構成する。例えば、事象Aの状態を問われている場合、事象Aと因果関係を持つ直接原因(群)の状態、直接原因(群)と因果関係を持つ間接原因(群)の状態より推定することになる。それらのロジックを構築するプロセスである。
  5. 必要なデータを参照してロジックから解を導出する
    • 必要なデータの参照に基づき、因果モデルを検証し、ロジックにより解を導出する。プロセス2で構築した因果モデルはあくまで自身の背景知識に基づき仮定を置いたモデルであるため、データと照合し検証することで客観性を与える。ここで例えば事象Aと事象Bに因果関係があると仮定しているのにも関わらず、データ上では全く関連性が見られないといった場合は、因果モデルとロジックを修正する必要がある。データと整合するように修正され、妥当と判断されたロジックを用いて解を導出する

総括

私たちが無意識的に行っている因果的思考について、統計的因果推論の知見をベースにその思考プロセスを理解することを目指しました。思考プロセスの理解は思考自体を制御することを可能にします。現代人にとって必須の思考法である「因果関係に基づき思考する」をより効果的に行うための一助となれば幸いです。

以上です。

参考文献

  1. ジューディア・パール(著), ダナ・マッケンジー(著), 夏目大(訳), 松尾豊(監), 因果推論の科学「なぜ?」の問いにどう答えるか, 文藝春秋, 2022
  2. 大久保将貴, 統計的因果推論入門: 関連が因果となる条件, 理論と方法 38.1, 169-180, 2023
  3. 田中優子, 楠見孝, 批判的思考プロセスにおけるメタ認知の役割, 心理学評論 50.3, 256-269, 2007
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外資コンサル社員。SaaS導入を経て現在PMO。
修士(工学)保有。情報工学にてAIの生体計測応用を研究。
アカデミアに憧れ(未練)あり。自著論文の被引用数は約90件。
日々の空白に学びを記します。

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