概説
科学研究は一連の推論プロセスで推進されます。自分が行なっている研究が現在どのプロセスにあり、どのような推論をすべきかを意識すべきだと思っています。また、ビジネスなどにおいて科学的に知的生産を行う場合も同様です。
私が大学院にて研究を行っていた際、「そもそも研究とはどうあるべきなのか」に強い関心があり調査したものです。このプロセスを意識することにより、推論の厳密性(正しさを求めるべきか)と拡張性(敢えて論理を飛躍させて新規性を目指すのか)のトレードオフのバランスが取れるようになったと実感しました。
今回説明する推論プロセスは科学の最大のテーマである因果関係を解明するためのものです。以下、各プロセスについて詳述していきます。
推論プロセス
課題設定 (事象観測)
- 外界を観察し、ある特定の事象Aを観測する。
このプロセスは研究の立ち上げ期です。研究テーマに関する文献、実験、事象等をインプットし、解くべき課題設定を行います。課題設定は、ある事象を直接的もしくは間接的に観測することが起点となります。例えば、ニュートンは「リンゴが木から落ちる」という事象(ファクト)を観測することで、それが起こる因果を解き明かしたいと熱望しました。
仮説立案 (アブダクション)
- 「もし原因Bが起こっていたならば、事象Aは十分に起こりうる」という観点で、因果関係を遡求して事象Aが起こった因果を説明する仮説Cを立てる。この推論はアブダクション(仮説推論)と呼ばれる。
- 演繹法・帰納法と比較して、アブダクションでは敢えて論理を飛躍させるため、推論が誤っている可能性が十分にある。従って仮説検証(下記のプロセス)が必要になる。この飛躍が研究の新規性に繋がる。
このプロセスは、解くべき課題について仮説立案を行います。課題の起点となった事象(ファクト)が起こった因果を説明するような仮説を立案します。この推論はアブダクション(仮説推論)と呼ばれます。例えば、「リンゴが木から落ちる」という事象(ファクト)を説明する仮説として、「物体間で引き合う力が働いているとすると、リンゴが木から落ちる事象は説明できる」と仮説立案を行います。
仮説検証計画 (演繹法)
- もし、仮説Cが正しいと仮定すると、自ずと真であることが導出される検証可能な命題(群)Dを推論(演繹)する。この推論は仮説演繹法と呼ばれる。
- 命題(群)Dは、それらが真であることが確かめられれば、仮説Cが真であると推論(帰納)できる物である必要がある。
立案した仮説は誤っている可能性が十分にあります。従って検証する必要があります。このプロセスではどのような観点で検証するかを計画します。立案した仮説が正しいとすると、自ずと正しいと言える自明的な命題が検証観点となります。この推論は仮説を前提にして演繹しているため仮説演繹法と呼ばれます。例えば、「物体間で引き合う力が働いている」という仮説が正しいとすると、「リンゴに限らず任意の物体は地面に向かって落ちていくはずだ」と命題が立てられます。また、ここで立てる検証命題は、それが正しいことが分かれば、その前提となる仮説が正しいことを十分に判断することができるような命題である必要があります。これは、検証命題の真偽から前提となった仮説の真偽への帰納ができる必要があると言い換えられます。
仮説検証 (帰納法)
- 検証可能な命題(群)Dについて、実際に実験を行なって真であるかどうかを検証する。命題(群)が真であり、それらを帰納することで仮説Cが真であることが導かれる場合は、「仮説Cが真」ということが立証されたとして、研究が完了する。導かれない場合は、仮説Cを修正する必要がある。
このプロセスでは、検証すべき命題の真偽を実際に実験を行なって検証します。ここで行う実験は、検証命題の真偽を十分に判断できる物である必要があります。既にお気づきの方もいると思いますが、前回のプロセスを含めて2段階の帰納を行なっています。つまり、実験結果→検証命題の真偽→仮説の真偽という帰納です。ここで検証命題が誤っていると判断される場合は、その前提となっている仮説を修正し、洗練させる必要があります。(厳密には検証命題が誤っている可能性もありますが、それはむしろヒューマンエラーです。検証命題は前提として仮説から演繹法で導出されており、演繹法は論理的には誤りが入らない推論であるため、その使い方を誤ったものと考えられます。)
総括
科学的な知的生産活動を行うにあたり、一連の推論プロセスの全体像を俯瞰した上で、現状のステータス及び今どのような推論をすべきかについてメタの視点で理解し、自己制御することにより効果的に推進することができると思います。
以上です。
参考文献
- 米盛裕二, アブダクション 仮説と発見の論理, 勁草書房, 2007
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